とある二人の、日常。
チョコレート戦争
「たとえば、」
「・・・うん。」
「たとえば、この、だーす?とかいうチョコレートは、この溝がない分だけ損だと思うんだ、俺は。」
「・・・・うん。」
「これ、キラ知ってる?まゆげがあるの見つけると願いが叶うんだって。」
「うーん。」
「あ、しまった、いちご味がいっこもないよキラ!」
「あーっ!!」
「どうした!」
「アスランのせいでゲームオーバーになっちゃったじゃん!だから話しかけないでって言ったのに!」
キラは目の前五センチまで近づけていたゲーム機を放り出すと、脱力したようにつっぷした。
その拍子にフリーマーケットよろしく並べられていた大量のチョコレートがざらざらとテーブルから転げ落ちる。
二月十四日。
ハート型とピンク色に彩られた装飾が街中に溢れる日。
都内の小さなマンションの一室でも、それは繰り広げられようとしていた。
たった一名によって。
「キラーせっかく買ってきたんだから一緒に食べようよ。」
「さっき食べた。」
「チロルいっこじゃん!」
「あとちょっとで倒せたのに・・・」
「だれを。」
「魔王だよ!魔王!ラスボス!」
「挑戦あるのみだ。」
「腹たつなぁ。」
こたつのなかにもぐりこんで顔だけ出したキラは、次々とチョコレートのパッケージを開けていくアスランを睨んだ。
「それ、ていうかそれら、責任もって持ち帰ってよね。」
まったく手をつけていないチョコレート菓子の山をちらりと見やる。
アスランは冗談だろ、という顔でしれっと言った。
「なにを言う。全部おれたちで食すに決まってるだろ。なぜなら今日はー?」
「・・・ばれんたいんでー?」
「バレンタインデー!」
うんざりとした顔を見せると、奇抜な色のチョコレートが口元に運ばれた。
大人しくくちびるを開く。
「・・・まっずい。」
アスランの眉が心外そうに持ち上がる。
夜八時、アスランはキラ早くと叫びながら玄関の扉を足でけっとばした。
徹夜でも終わらず講義をさぼり何時間もレポートと格闘していたキラは、ようやく安息の時を迎えようとしていた。
その眠りを突如として妨げられたのだからたまらない。
朦朧とする意識をひきずってようやくベッドから這い出し、嫌な予感をひしひしと感じながら扉を開けた。
にんまりとした得意げな顔でたっていたのは、両手にコンビニの袋を提げたアスラン。
彼はうきうきとした声音で宣言した。
「きょうはバレンタインデーだ!祝おう!」
祝うものじゃないよね、と、とりあえず諭してみたものの効果があるはずもない。
そうしていま、キラの自宅はこのような惨事に見舞われている。
二日三日では食べきれない大量のチョコレートと、その副産物である胸焼けするような甘い匂いにまみれた部屋という惨事に。
「だいたいさ、バレンタインデーの日に大の大人が店中のチョコをまとめ買いってどうなの。」
くるりと身体を反転させてうつぶせになったキラは、キッチンのカウンターに積み重なった不穏な山を見てがっくりとうなだれた。
「さすがに買い占めてはいないけどな。」
「だって下のコンビニで買ってきたんだろ?どう考えたってこの量、僕のみならず店への嫌がらせとしか思えない。」
「あっちのは、ここに来る途中もらったやつ。」
カウンターの上の目にも鮮やかなラッピングの数々を、アスランは顎で示した。
ふうん、と、綺麗な色彩たちを眺める。
服装や持ち物からみて、たぶんアスランは、大学からここまで直で来たのだろう。
あるいはバイトにも行ってきたのかもしれない。
その先々で渡された、想い。
なんだかんだいって、アスランはもてるのだ。
中学のときも高校のときも、大学生である現在も。
そのことを思うとき、キラは少し寂しくなる。
自分は永遠にその想いを伝えられる位置にはたどりつけない、という、現実に思い至るから。
もっとも、これはもう何年もこの胸に巣くっている感情なので、いまさらどうこうするつもりはない。
こうしてくだらない話ができる時間があるだけで、十分だ。
それがたとえ、腐れ縁という友情の延長でも。
小さな寝息に、包み紙をやぶいていた手を止める。
炬燵にもぐりこんでつっぷしたまま、キラは静かに眠っていた。
アスランは着ていたパーカーを脱ぎ、その細い肩にかぶせた。
甘い匂いの充満する部屋で、キラの身体が健やかに上下する。
アスランはほっとため息をつき、目の前に広がる惨状に思わず苦笑した。
ほんとうは祝うなんて口実で、キラと一緒に過ごしたかったなんて、俺も相当間抜けだな。
カウンターの上に積まれたチョコレート。
あれは半分、アスランのではない。
大学で、頼まれたもの。
キラくんに渡して、と、懇願されたもの。
冗談じゃない、と思った。誰が渡してやるか。
キラが大学に顔を出さないということを知ってどれだけ安堵しただろう。
今日という、不安と恐怖にかられる日に。
いつ、自分のもとを去るのだろう。
俺以外の誰かに、こんな風に無防備な姿を見せる日が、いつ、くるのだろう。
ぱたりと横になった。
キラの顔が見えなくなる。
かわりに、投げ出されている手を握った。
いつか、そういう日がきても。
いつかそういう日がきても、俺はこの思い出だけで、たぶん、大丈夫。
「アスランっ!!」
「・・・ふあ?」
「ふあじゃないよ!起きて!どうするのこれ!!」
ほとんど絶叫に近いキラの声で起き上がったアスランは、ぼんやりするまぶたをこすった。
いつのまにか眠っていたらしい。
携帯電話を開くと、朝の九時半。
ひかれたカーテンの隙間から、零れだした朝日が今日も良い天気だということを告げている。
「おはよう、キラ。」
「おはようじゃないよ!これ!」
寝癖がついたままアスランの胸倉をつかんでがくがくとゆするキラは、ほとんど半泣き。
びしりと指差された炬燵の上を、おそるおそる見やる。
「げっ!」
「全部溶けてんじゃん!どうするんだよー!」
「ちょ、キラ落ち着いて!とりあえず布巾・・・あーっ!そっち!そっち垂れてる!」
「アスラン袖についてるよ!そでそで!」
「とりあえずゴミ袋もってこい!」
「あっ!きょう生ゴミの日だよ!」
「よし、それまでに任務を完了するのだキラくん!」
「了解しました隊長!キラいきます!」
そんな二人の、日常。
2008/02/22
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とっくの昔に過ぎ去ったバレンタインデーネタ。書いてる本人だけが楽しい仕組みです。
もしふたりが大学生だったら、お互い想いを伝えられず悶々としていて欲しい。