誰のものにもならない 光がある
意思
意思
狂ったように吹きすさぶ土混じりの突風が、銀色の髪を汚していく。
巨大な影は瞬く間に姿を消し、残るのは舞い上がる砂塵ばかり。
イザークは照準を定めたままの銃口を下げることができず、凍ったように身じろぎひとつしない。
吹き上げられた小石がいくつも頬にあたり、そのたびに滑らかな肌が傷ついていく。
それはどっちかな。
ディアッカの声がこだまする。
やはり生きていたか。
小さく笑い、伸ばしっぱなしだった腕にようやく気がつく。
この銃口の向こうに、確かにあいつがいた。
朗々と喋り、斜に構えた視線をよこし、金髪を風に乱しながら。
ディアッカとの連絡が途絶えたその瞬間から、あいつは生きている、と信じ続けていた。
次々と仲間が消えていく中で、それでも、味方や己の生存をあきらめなかった。
やっかいな感情を教えていってくれたものだな。
かつての戦友である機械オタクの黒髪を思い出し、笑みがこぼれた。
デュエルの無線機が、受信する者を探してがなりたてている。
戦場に戻らねばならない。
しかし意思に反して、イザークの身体は微動だにしない。
思えば、ディアッカと意見がぶつかったのは初めてだ。
引き金にかけた指先に、力がこもる。
ぶつからなくて当然だ。
ディアッカはいつだって、イザークの言葉に逆らわなかった。
どんな理不尽な言動や行動にも、必ず後をついてきた。
それも殊勝に従うのではない。
薄く笑って意地悪く口元を歪め、嫌味のひとつふたつ飛ばしながら賛同するので、
あたかもそれがディアッカ自身の意思によって選択された賛同であると周りのものに思わせた。
いつからだろう。
それが、ディアッカの巧みな演技であると気がついたのは。
彼は自分の立場を冷静に見極め、課せられた役目をきちんとまっとうしようとしていた。
軍部でもとりわけ上層部に位置する母親を持つ自分が、華をもてるように。恥をかかぬように。
そうと知っていて、なにも言わずにディアッカの隣に立ち続けた。
なにをしても頷いてくれる。
なにを言っても味方でいてくれる。
そういう人間を、ディアッカ以外に知らなかったから。
甘えていた。
たとえそれがそれぞれの地位を浮き彫りにする行為になろうとも、手を離すより何倍もいいと。
その罰がいま、与えられたのかもしれない。
イザークはゆっくりと腕を下げ、重力に逆らっているのが面倒になりだらりと力を抜いた。
頭上ではいくつもの閃光が、流星群のように尾をひいては消えていく。
無数の銃弾がとびかっているあの空に、自分も早く行かねばならない。
一歩踏み出し、その身体の重さに疲れきっているということをようやく実感する。
それはどっちかな。
ディアッカの迷いのない瞳が、脳裏から消えない。
なにかを得た瞳。
自分には未だ、持つことの許されていない輝きだ。
イザークは足元に視線を落とし、泥や血液で汚れた赤のブーツで地面を小さく蹴った。
疑念がないといえば嘘になる。
戦争、と、たった一言で済まして無機質さを装う大量虐殺という行為は、正義ではないのかもしれない。
ザフトがこれまで行ってきたこと、これから行おうとしていることは、
自分が目指す場所にはたどり着けない道をひた走っているのかもしれない。
しかしそれに気づいたところでなにができる。
この手、この軍服、この精神。
すべてが赤に染まったこの私が、他に生きていく場所などあるのだろうか。
ディアッカは離れていった。
自分はどうする。
このまま、隊長や母上のもとで戦い続ける気か。
ディアッカのあとを追い、再び甘えの中に身をおく気か。
おまえはどうしたいんだ。
かつての戦友が問いかける。
小さな機械のかたまりをまとわりつかせ、意思の強そうな目元で柔らかく微笑みながら。
おまえはどうしたいんだ、イザーク。
どうしたいのだろう。
自分が目指す場所とはどこなのだろう。
自分はどこへ行きたいのだろう。
ザフトに尽くし、死んでいく。
上辺だけの居心地の良さを、享受していく。
もしも。
一際強い風が、疲れきった身体を倒そうとするかのようにイザークにぶつかった。
逆らうように、汚れたその足に力をこめる。
それ以外の生き方が、もしも、あるのなら。
2007/10/30
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