月明かりの下で 静かな眠りを
覚醒




覚醒




目を覚ました瞬間、これが夢ならいいのに、と思った。
明度を絞った照明と、見慣れぬ天井。
意識を呼び戻した瞬間から身体の端々で脈打つ痛み。
視界の隅に映る、金髪の少女。
助かったのだ。
力の入らない唇を、必死にかみ締める。
泣く権利など。
悲しみにひたる権利など。

俺は、キラを。

いつから意識がなかったのだろう。
現実から逃避し安楽に身をまかせようと堕ちていくあいだ、それでも己の精神はこの耐え難い苦しみを忘れさせてはくれなかった。
常に頭のどこかで響いていた。

俺は、キラを。

腕を持ち上げようとしてままならず、意思に反して低いうめき声が漏れた。
壁にもたれ俯いていた少女が、はっとしたように飛び起きる。
「目がさめたのか?」
上半身を起こそうと身じろぐと、少女はかつ、と靴を鳴らして近寄ってきた。
「ばか、起き上がるな。おまえ大怪我してるんだぞ。」
肩を押さえられ思わず拒むと、たったそれだけの衝撃でぐっと息が詰まった。
抵抗する気が失せ、大人しく倒れこむ。
痛い。
全身がずくずくと脈打ち、もはやどの箇所の細胞を破壊されているのかわからない。
この痛み、あるいはこの数倍の痛みが、あいつがこの世で受けた最後の感覚か。
手が触れたときの温度の高さも、子供のように早い鼓動も、すべて、激痛に支配されて消え去ったのか。
誰よりも誰かを想い、誰よりも誰かの犠牲になろうとしたあいつの、最期。
まぶたに、柔らかそうな茶色い髪がちらつく。
手を伸ばすが届かない。
焦点が合わない。
目を細めると、少女の小さな顔がぐいっと近づいた。
鮮やかな金髪が茶色を打ち消すように視界を覆う。
「おい。私が誰だかわかるか?」
「・・・かがり。」
「よし。」
彼女はほっとしたようにひとつ息を吐くと、椅子を引き寄せて腰掛けた。
その短い動作で生じた小さな風から、生きている人間の微かな体温が伝う。
カガリが手を伸ばし、俺の前髪をくしゃりと触った。
冷たい手だ。
気持ちよくて目を閉じる。
「・・・いたいか?」
囁くようなカガリの声に、ふっと意識を呼び戻されるような、逆に再び夢のなかへ堕ちていくような、奇妙な浮遊感を覚える。
どちらでも同じことか、と呟くと、カガリが首をかしげた。
「・・・大丈夫。カガリの手が、気持ちいい。」
「・・・そうか。」
絵筆で紙面をなぞるように、丁寧に前髪を撫でられる。
抱きしめたい衝動にかられ、手首でまぶたを覆った。
この手で、ころした。
色素の薄い髪。静かな強さをたたえた瞳。細い肩。アスラン、と呼ぶ、その声。
もう二度と感じられない。
もう二度と触れられない。
ひくりと喉がひきつる。
口のなかに、吐き気をもよおすような味がにじむ。
「ばか!アスラン、くち開けろ!」
カガリの細い指が口のなかをこじあける。
かみ締めた歯は乾いた舌に食い込み、噴出した血液はくちびるの端から零れていく。
逃れようと頭を振る。
血液が流れるということが耐えられない。
痛みを感じるということが許せない。
キラはもういないのに。
キラはもう感じないのに。
「なんでおれだけいきてるんだ」
「なにを」
「なんでおれだけ」
「アスラン!」
叫びながら体中に巻きつく管をむしりとった。
首に、腕に、指先に、動かすたび引きちぎられるような激痛が襲う。
かまわない。
痛みがあるということが生きているという証になるのなら、ただそれだけを感じていたい。
キラが最期に感じたこの痛みだけに、支配されていたい。
柔らかな身体に包まれた。
血の通った人間の脈拍が、俺の心臓と重なる。
嗚咽が薄暗い部屋に響く。
「なにがあったんだよ。」
小さな背中をかき抱き、この身体に満ちているすべての痛みを逃さぬようにきつく目を閉じる。
暗闇のなかでなお、金色の残像がまだらに焼きついている。
最期を、誰かと共有できる。
安堵し、知らず微笑む。
生き残った醜い身体。
内側からじわじわと侵食する真実に対する罪を、ぶちまけて、終わりにしたい。

「おれは、キラを」

だれか、おれを、ころしてくれ。









2008/01/27

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