輝く宇宙に 手は届かなくても
ナタル




ナタル




身体が軽くなっていくのがわかる。
あたりまで響きそうなほど大げさな音を立てる脈拍にあわせて、血液が出ていく。
「きさまっ・・・さっさと扉を開けろ!」
醜く顔を歪ませたムルタ・アズラエルが、半狂乱になって唾を飛ばす。
浅い呼吸の合間に薄く笑ってやると、銃のグリップで頬を殴られた。
口の中から吹き出た血液が宙に散る。
無数の鮮やかな粒が舞う向こうで、アズラエルが銃を持った腕を伸ばし再び照準を定めた。

決意しても、怖いものなのだな。

脈拍と連動する痛みは、意識をぼやけさせるどころか一層冴え冴えと私の思考を呼び覚ました。
かつて、これほどの使命感にかられたことがあっただろうか。
両親共に軍人の家系に生まれ、自分も同じ道を歩むことに何の疑問も抱かなかった。
足場が整えられた環境で、生まれながらに備わった戦う人間としての器を存分に発揮してきた。
なにが起ころうとも任務のために、犠牲を厭わず成し遂げる。
それは国に仕える軍人として当然のことだ。
滅びゆくものの陰には、それに見合って余りある命がひそんでいる。
それを守り通すのが私の仕事であり、使命だ。
そう信じ、何者にも左右されずにまっすぐ突き進んできた。
それがもうすぐ、終わる。

自分のやってきたことが正しかったのか、もうすぐ消えようとする身になってもわからない。
死というもののすぐそばで生きてきた。
この世から消えるということ。それまで微笑んでいたものの呼吸が止まるということ。死ぬということ。
それらをいちばん近くに感じて理解し、あるいはそれらに飲み込まれまいとして抵抗してきた。
苦笑がもれる。
理解している、などと、なんておこがましいことを考えていたのだ。

「なにを笑っている!次は心臓を撃つ、扉を開けろ!!」
もう力が入らない。
穴だらけの自分の足。
この能無し男、敵の扱いかたも知らないでよくもここまで出世したものだ。
敵を捕虜として使いたいのなら、それ相応の撃ち方というものがあるというのに。
軍人としてあるまじき無知さに、いっそ惚れ惚れする。

狙いを定めるのは二の腕と足の甲。ほんの少しでもバランスをとる箇所を傷められると、人は身動きがとれなくなるものよ。
・・・けれど、やはり、なるべくなら傷つけたくはないわね。
そういうのを、私は望まないわ。

およそ軍人とは思えぬ穏やかな瞳で、彼女は私を見つめていた。
仕事仲間や部下という意識ではなく、もっと親密な、母親と同じような眼差しで私をみていた。

あのひとはほんとうに、どこまでも甘い人だったな。

苦笑を柔らかな微笑みに変え、アズラエルの瞳を見据える。
動揺したようにアズラエルの眼差しが揺れた瞬間、腕の力だけで横にとび、鈍く光る鉄の塊をつかんだ。
無重力に支えられて身体が自由を取り戻す。
アズラエルの恐怖に歪んだ顔がゆっくりとのけぞる。

まぶしい鮮血が、花弁を散らしたように降り注ぐ。

「・・・私の腕もまだ鈍っていなかったようだな。」
もう指先にさえ力がはいらず、とりおとした拳銃がどこかに浮遊していく。
二の腕を押さえて唾をたらしながら震えるアズラエルの首に腕をまわす。
まだもうすこし、耐えられる。
この腕に、まだ力は残っている。

「あなたはここで消えなければいけない。」
「っ黙れ・・・!」
アズラエルが拗ねる子どものようにもがくが、不思議と私の腕から逃れられない。
力は私だけのものじゃない。
優しげな眼差しに、包まれている。

「・・・って」

もしもう一度あの瞳を見られたら、私は、どうするだろう。

「っうてっ」

あなたはきっと良い艦長になるわね、ナタル。

「うてっマリューラミアス!」

視界が黄金色に満たされる。









2007/9/29

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