歩き出す つないだ手を離さずに









金属のぶつかり合う音や男たちの怒鳴り声、行き来するバイクやモビルアーマーの稼働音。
様々な音が反響しては消えていく整備室の片隅に、キラはいる。
壁にもたれるようにして座り込んでいるアスランは、先刻から俯いたまま、姿勢を変えることなく黙っている。
彼が地球連合軍との戦いに介入し、アークの中に入ってから、どれだけの時間が経ったのだろう。
食事もとらず、シャワーもあびず、二人でずっとこうしている。
アスランがすぐそばにいるということを感じられるのは、わずかに聞こえる息づかいと眼の端に映る赤の軍服だけだ。
沈黙が怖いし、けれど怖いと感じられることが嬉しい。
アスランから直接なにかを受け取り、感情を動かされるということ。
それがこんなにも心を揺すぶるということを忘れていた。
アスランから、なにかを受け取るということ。

「変わってない、のかな。」
懐かしい声。はっとして顔をあげる。
アスランは、優しげな、それでいて今にも泣き出してしまいそうな眼で、こちらを見ていた。
「キラが変わったのか、変わってないのか、そんなことさえも見分けがつかなくなってる。前は」
言いかけて口をつぐむ。

まえはなんでもしっていたのに。

自分だってそうだ。
遠い昔、アスランが昨日と今日でなにが違うのか、考える、という次元とは別の場所で察していた。
単純に、それが自分に備わっている本能のひとつなのだと思っていた。
ずいぶん近くにいたんだな。
あらためて、そのことの幸福さに驚く。
理解できる相手がいるという感覚が、すっかり失われているという事実にも。

「…アスラン、アークのなかを見てみない?」
喋っている、という実感はなかった。
「アークのなかを?」
「うん。案内するよ。」
キラは言うやいなやアスランの手首をつかみ、さっさと歩き出した。
おい坊主、と呼び止めるコジローの大声が背後から追いかけるが、振り返らずに出口を目指す。
音もなく滑るように開いた扉を早足で抜け、アスランを引っ張るように少し強引に歩く。
僕はなにをしているんだろう。
行き先を決めずに勢いで飛び出した身体は、アークの先頭を目指している。
手の平に伝わる、骨張った感触。
困惑した表情を浮かべながらもおとなしく付き従うアスランに、内心ほっとする。
アークのなかを、アスランに見せる。
なぜそんなことを言い出したのか、キラは自分でもよくわからなかった。

彼は敵だ。

仲間を殺し、仲間を殺され、大切な場所を破壊し破壊された。
生死は、己に備わっている戦闘能力と敵機の構造を理解する一瞬の判断力にかかっている。
そのなかで生まれた思いは、いかに敵を欺き止めをさすか、それだけだ。
ぎりぎり保たれている精神は、身体中にまとわりついた死に対する恐怖を押さえつけながらたたかっている。
僕も、相手も。
それなのに、わざわざ自分から戦艦の内部を見せるなど。
どうかしている。
味方を危険にさらしてまで。
どうかしている。

ただ。

まとまらない頭のなか、かばうように目の前に躍り出たジャスティスの背中がこびりついて離れない。
ただ、知ってほしい、と思った。
自分がアスランと離れているあいだ、日々を過ごした場所を。
なぜ戦わなければいけないのか悩み、だれと戦っているのか迷い、望む未来のために戦い続けようと決心した場所。
それは暴力的と言っても良いような押さえきれない衝動で湧き上がり、静止する間もなく行動となった。
結局自分は、アスランを無条件に欲しているのだ。

手の平が、自分以外の人間の熱と反応して汗ばんでいる。
この温もりをくれる懐かしい彼が、いまこの瞬間、自分と繋がっているということが、まだ信じられない。
廊下の側面には頼らず、一歩一歩踏みしめるように歩く。
二人分の足音が、ばらばらに、あるいは時々重なって、人気のない廊下に響く。
幾度となくストライクに向かって走り抜けた場所。
そこを今、アスランが歩いている。
必死に整備室を目指して走る自分が、アスランとすれ違う様を見たような気がして、思わず微笑む。
「キラ。」
ふいに名前を呼ばれ、しかし振り返ることができない。
立ち止まったアスランに引っ張られ、キラの細い身体は少し引き戻される。
自分は、アスランに呼ばれたときどんな顔をして応じていただろう。
どんな声で、なんと返事をして振り向いていただろう。
そんなささいないちいちが、わからない。

アスランの手首をつかんでいたキラの手は、いつのまにか握り返されている。
身体の先から伝わる温度。

反応する。

アスランの熱が流れ込み、もう、拒否できない。

「・・・このさきに、ぼくの、ストライクの、飛び立つ場所があるんだ。」
振り向くかわりに、指先に力をこめる。
「アスランに、見て欲しいんだ。」
確かにそこにいるアスランの手のひらが強くこたえる。
眼の端に、赤が映る。
ならんであるく。
求めていたものが、いまここにある。
ならんであるく。




2007/8/16

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