願いなんて消えそうなコトバじゃ、辿り着けない
プレゼント




プレゼント




「ねえアスラン、これとこれ、どっちがいいかな?」
キラはクマとウサギの縫いぐるみを一つずつ両手につかみ、アスランの眼のまえにぐいっと突き出した。
細い指につかまれた柔らかそうな生地をみて、吹き出しそうになるのをこらえにっこりと笑う。
「どっちも可愛いけど、ほかにもなにか、良いものがあるかもしれないよ、キラ。べつの店もみてみよう。」

ラクスの誕生日プレゼントを買いに行こう、と、キラは日曜日にもかかわらず新聞配達員と一緒に意気揚々とやってきた。
トリィを肩にのせ、寝癖ひとつないきちんと整った格好で。
半分意識がないまま部屋に入れ、ラクスがどうのこうのと勢い込んで話すキラを無理矢理ベッドに引っ張りこみ、
文句をいう彼の頭を抱いて再び眠りについたのが、確か午前4時半。
腕のしびれで二度寝から眼をさますと、右肩のうえでキラがそれはそれは健やかに眠っていた。

安心しきった顔を、見慣れているようにも、ずいぶん久しぶりに眼にするようにも、感じる。

さらりと髪に触れながら、無意識のうちに頬がゆるむ。
はなしたくない、と思う。
一度意識してしまった感情を、消し去ることはできない。
自分の仲間や、所属するべきコロニーや、家族さえを捨てても、傍にいたい。
いや、そんなきれいな感情ではないな。
自嘲気味に微笑むと、そのほんの少しの振動でキラの髪が掌から零れおちた。
傍にいずにはいられない。
この手が、この瞳が、身体の奥底に巣くう抑えようのない感情が、キラを求めてやまない。
皮膚のしたをどろりと流れるこのゆがんだ想いは、いったい何なのだろう。
その答えを探して、キラの髪を飽きもせずに撫でる。
前髪に触れようとして躊躇した。
白い額の端に、目をこらさなければ見えない薄い傷が刻まれていることを知っている。
怖がりの子供のように、そっと手をのばす。
我を失った自分がつけた、そうして二度と消えることのない、傷。

あのとき、本当に殺そうと思った。
思った、などというのはおこがましいかもしれない。
実際は思考している余裕など微塵もなかった。
ただ本能で。
ただ本能で殺すだけ。

「あ、あれ、あれは?アスラン。」
ウィンドウの中に立っている観賞用ドールを見つけたキラは、一目散に駆けていってガラスにへばりついた。
ぬいぐるみに未練を残してぶつぶつ文句を言っていたくせに、と、苦笑しながら後を追う。
裾の大きくふくらんだ鮮やかな色のドレスを前に目を輝かせていたキラは、感想を求めるようにアスランを振り返った。
色素の薄い髪がふわりと風をはらむ。
この髪がつい先ほどまで自分の手にあったのかと思うと不思議な気がした。
たくさんの人間の視線にさらされ、イザークやディアッカがふざけてくしゃくしゃといじる髪。
それが、ついさっきまで密やかに自分の手の内に。
期待を込めた眼差しで答えを待つキラに、肯定の意を表して微笑む。
「いいと思うよ。ラクスはこういうかたちの服が好きだし、なにより似合いそうだ。」
心からの感想を述べると、とたんにキラは不服そうにくちびるをとがらせた。
どうした、と首をかしげながら、同時にその表情に見とれる。
そういう顔は子どものころと一緒だ。
なにも知らずに、当然のように自分の側にいた、子どものころのキラ。
「違うよ、アスラン。服じゃなくて、こっち。」
ぐいっと二の腕をつかまれ、引き寄せられる。
キラの小さな顔が、ほんの少しの距離にある。柔らかな髪が、まぶたに触れる。

ここにいる。
ちゃんと。

あのとき、ころさなかったから。
キラが生きていてくれたから。

自分だけが触れられる指。髪。そのすべて。
自分が殺そうとした、自分を殺そうとした、キラのすべて。
「・・・ほんとうだ。」
慎重に言葉を発する。
今にも泣き出しそうで、だから、慎重に。
手放せない。
本当はとっくに気がついていたのだ。
わきあがる衝動がなにを求めているのか。キラをとりまく人間たちになぜ優越感を抱くのか。
自分はもう、自分だけが知っているキラのすべてを手放せないのだ。
「ほんとうだ。服なんかより、よっぽどラクスにぴったりだ。」
「じゃぁあれに決定だね。僕店員さん呼んでくる!」
最後のほうは捨て台詞のようにして、キラは走っていった。
どんどん離れていくけれど、そのまわりを羽ばたくトリィの緑色が遠目にもくっきりと見える。
見失いたくない。
もう二度と、キラも、自分の感情も。
それは願いでも、望みでもなく、確かな決意としてこの胸にある。
願いでも、望みでもなく、額に刻まれた傷に対する、確かな決意として。
眼を細めて小さくなる背中をじっと見つめていたアスランは、キラがへばりついていたガラスに手を添えた。
実用性には程遠く、そのときがきたら一瞬のうちに崩れ去ってしまうだろうささやかな贈り物を見つめる。
鮮やかなドレスの足元にひっそりと飾られた、花束で編み上げられた靴。
ラクスは喜び、枯れ壊れて姿を消す時を残念がるだろう。
けれどきっと、ラクスのなかでそれは消えない。
この世から失われても、きっと消えない。
そういうものをキラは選んだ。

もう二度と見失わない。





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