生まれてきた意味を 探してた
想い
想い
ゆるやかに吹き渡る風が、その居場所を葉陰から花、花から水面へと、居場所を変える。
その存在はだれも見たことがないのに、確かにあると感じられるもの。不思議なもの。
家の裏手に位置するこの場所は、庭、というには広大な、しかし自分の居場所であることを確信できる安心感に満ちている。
幼いころから、いちばん好きな場所。
変わらずある場所。
私は深く呼吸をする。
だれも見たことがないものが、私のなかを満たしていく。
「ラクスっラクスっ」
振り返ると、みどりのハロが連呼しながら温室のほうへと跳ねていく。
「あらあら、駄目ですよ、そっちは、」
追いかけていったもののすでに遅く、ハロは温室のなかへと飛び込んでいった。
はっとするが、彼が目をさます気配はない。
思いのほか動揺したことに戸惑い、立ち止まる。
ほんの数メートル先。
眩い光があふれる温室から、視線をそらすことができない。
そこには彼がいる。
左顔面にやけどを被い、鎖骨と左脚部を骨折。
おそらくはすさまじい衝撃を受け、いまにも停止してしまいそうな内臓。
それらを白い包帯で隠し、意識を手放したまま、彼は眠り続けている。
立ち尽くしまま、うつむいた。
足元を柔らかくつつむ野草の緑色が、くっきりと眩しい。
あのベッドまで近寄っていく権利が、私には、あるだろうか。
彼が運び込まれたとき、とっさに婚約者のことを思った。
きっとあの人だ。
コーディネーターとして、またモビルスーツのパイロットとして特に秀でている彼を、これほどまでに打ちのめせるのはあの人しかいない。
戦況が動いたのだ。
「わたくしの家まで運んでください。」
赤黒い血液にまみれて命ある人間とは思えない彼を前に、私はほとんど迷わずに言った。
「しかしラクスさま、」
「早く運ぶのです。一刻の猶予もありません。」
利用しようとしている。
否定はしない。
胸の前で組んだ手をきつく握り締める。
クライン家の後継者であることを示す王冠型のペンダントが、かしりと揺れる。
この、美しい装飾に彩られた枷のようなペンダントを、彼はもの珍しそうに眺めていた。
この王冠の意味を、私は彼に話していない。
話したくなかったのかもしれない。
それでも彼は、あの周囲を魅了してやまない瞳で微笑んでいた。
綺麗だ、と何度も、何度も。
君にとても似合っている、と繰り返し、繰り返し。
私をクラインではなく、ただのラクスとして褒めてくれた。
何の期待も、媚びも、憐憫もなく、ただ一人の存在である、ラクスとして。
ここで、立ち止まっている暇はない。
柔らかな地面を踏みしめ、歩き出す。
この一歩一歩によって、膨大な命が失われる。
私の行動が、取り返しのつかない犠牲を生む。
それでも、私は守らねばならない。
ベッドの脇にたち、枕元で跳ねているハロを捕まえ抱きかかえる。
開け放した扉から吸い込まれるようにはいってきた風が、彼の前髪を持ち上げかき消えていく。
整えようと指先を伸ばし、しかし触れることができない。
彼を利用しようとしている。
否定はしない。
けれど。
彼の眉間に、かすかにしわがよった。
次いで放り出されていた右手が、ぴくりと反応する。
けれど私は、それでも、彼を守りたい。
彼が傷ついても。
そのことによって私が傷ついても。
我ながら矛盾していると、抑えようもなく苦笑がもれる。
彼を助けるには、もう、手段がひとつしかない。
迷っている暇はない。
しかし実行にうつせば、彼は間違いなく襲い来る運命に翻弄され、やがて知る真実に大きな悲しみを受けるだろう。
私はそのとき、側にいられるだろうか。
隣に立っていられるだろうか。
この願望が、私に迷いを与えている。
決意した今なおあふれ出してしまう望み。
なんて醜いのだろう。
望みなど持たず、ただ純粋に、彼を守り抜きたい。
それさえも、欲にまみれた願望になってしまうのだろうか。
彼のまぶたがゆっくりと開き、あの穏やかな瞳が訝しげに揺れる。
もう引き返せない。
私はきっと、何もかもを失う。
この楽園のような家も、お父様も、国民の信頼も。
「キラさま。」
そして、もうすぐ、わたし自身も。
「キラさま、目がさめたのですか。」
しかしそれが何だろう。
私はあきらめない。
2007/11/23
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