あんなに一緒だったのに、夕暮れはもう、違う色
たたかい




たたかい




ふわり、と身体が浮く奇妙な感覚で眼が覚めた。
指先がしびれている、と感じたつぎの瞬間、徐々に身体が覚醒していく。
しばらくそのまま、窮屈な二段ベッドの下段で息をこらす。
足元をトリィがいったりきたりしているのが眼の端に映る。

ここは、アークのなかだ。
ここは、僕の部屋だ。

言い聞かせてようやく、身体を起こすことができる。
いつのまにか、自分がいま存在している場所を確認する癖がついてしまった。
無意識に安全な場所をさがしているということに、どうしようもない嫌悪を覚える。
ため息をつき、気づいた。
かたむいている。
覚醒の原因はこれか。
アークは旋回する時を見計らっているのか、微弱ではあるが低く振動しながら急角度を保っている。
おそらく、あと数分後には戦闘配備の命令が下るだろう。
そうすれば自分はまたあの戦いの渦中に身をおき、なにを思考することも感情を動かすこともなく、ただ攻撃のみを繰り返す。
だれもできない。
僕にしかできない。
背中を一筋、つめたい汗がすべりおちた。
せめてシャワーだけでも浴びようと思い立ち、しかし立ち上がることができない。

なぜおまえがここに…?

雑音まじりのヘッドフォンから、彼の声が漏れ出てくるのを聞き逃さなかった。
黒いフィルムがかけられた分厚い耐熱ガラスの向こうで、懐かしい唇がそうつぶやくのを。
「それはこっちの台詞だよ。」
ぽつりと漏らすと、トリィが勢いよく胸元に飛び込んで来た。
喉元をこすってやると、その場で踊るようにくるくると飛ぶ。
思わず微笑む。

ダンスしてるみたいだろう。自信作だよ。

アスランの声が響く。

僕が答える。

手をのばせば触れられる距離にいるアスランにむかって、ありがとう、と。

あまりにも遠い幸福な日々。
きっと、アスランは混乱している。
会うはずのない場所で再会した僕に。
いつの間にか敵になってしまった僕に。
アスランに銃をつきつけた、ナチュラルとしての僕に。
それがそのまま、自分自身の戸惑いでもある、と気付いて、それでもアスランを想う。

あんなに一緒だったのに。

部屋中に甲高い警告音が鳴り響いた。
次いでラミアス少佐の声が張り詰めた緊張をたたえて響き渡る。
「総員、第一戦闘配備」
「…っくそ、やっぱり」
脱ぎすてたままだった上着をつかみベッドから飛び降りた。
駆け出そうとして、立ち止まる。

トリィが、ドアの前でくるくると踊り続けている。
みどりいろの淡い残像をひきながら、優雅に、造り手に似た見とれるほどの伸びやかさで。

ひきとめるため?
いざなうため?

あんなに一緒だったのに。

それでも。
上着を羽織って走り出す。
それでも、僕はたたかう。

夕暮れはもう、違う色。





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