違う夢をみて 同じ空 眺めた
ザラ隊
ザラ隊
あの瞳が嫌いだ。
なにかを問いかけるように、黙って静かにこちらを見つめる透き通ったみどりいろの瞳。
問いかけられている気がする。
あなたはそれでいいのですか。
あなたは何がしたいのですか。
うなだれた細い首を、荒くつかんだ。
ディアッカが、甲高い口笛を嬉しげに鳴らす。
「貴様、まさかまだ生きているなどと思っているんじゃないだろうな。」
親指の付け根が、動脈をとらえている。
ためしに少し力を加えると、ニコルは苦しげに眼を細めた。
自分の加える運動によって、相手の身体が反応する。
戦争の醍醐味がいま、このちっぽけな空間で再現されている。
自分たちが日々死に物狂いで行っている行為は、こんなにも簡単なものなのか。
つまらない考えにいたってしまい、イザークはぱっとその首から手を離した。
ニコルは床に膝をつき、のど元に手をやって荒く息を吐いている。
上下する肩に、他者から加えられる力には揺るがないまっすぐな強情さを感じる。
「なんだよイザーク、もう終わりか?」
ディアッカが不満そうに、どかりとソファーに腰をおろした。
「抵抗しないやつを痛ぶっても面白くもなんともない。」
やつはおそらく、この世にはもういない。
戦場にたったひとり放り出されて、生きているほうがおかしい。
「・・・必ず無事に帰ってきます。隊長は死なないと僕に約束してくれた。」
ニコルは、自分が発した言葉を確かめるようにゆっくりと呟いた。
静かに、けれど、有無を言わせぬ力強さで。
「おまえ、ばっかじゃねーの?生きてるわけねーだろ。次の隊長は、イザークに決まりだな。」
「・・・よせ、ディアッカ。」
「はぁ?なんだよ、ノリ悪ぃな。」
ニコルはゆっくりと立ち上がり、のど元に添えた手はそのまま、足元に視線を落とした。
気詰まりな空気が部屋を満たしていく。
不満げに唇を閉じて足を投げ出すディアッカ。
立ち尽くしたまま微動だにしないニコル。
そっと吐いた息が思いのほか大きなため息となった。
狼狽し、思わず組み替えた足がテーブルにぶつかる。
舌打ちをして、窓際に立った。
凪いだ海面が、ゼリー状の固形物のようにたぷんと波打っている。
あいつは、この水が続くどこかに身を浮かべ、いまも、呼吸をしているのだろうか。
無意識のうちにいらいらとつま先で床をたたき、はっと気づいて再びソファーに腰をおろした。
なぜじっとしていられない。
先ほどから滑稽なまでに落ち着きのない自分が腹立たしい。
己の行動を理性で押しとどめられる者が人の上に立てる。
己の思考を冷静に分析できる者が人に求められる。
それは、いままで戦場に身をおいたなかで得た膨大な知恵のなかのひとつだ。
学んだものをひとつひとつ身体に叩き込み、生き抜いてきた。
自分の身体は自分だけのものだ。
それをコントロールできないで、なぜデュエルなど操縦できる。
己の行動を理性で押しとどめられる者。
己の思考を冷静に分析できる者。
「イザーク。」
ふと顔をあげると、硬直したように突っ立っていたニコルが右手で胸元をつかむようにし、真剣な眼差しでこちらを見ていた。
返事をするのも面倒で、顎をほんの少し持ち上げて続きを促す。
数秒視線が合う。
みどりいろの瞳。
幼い。そういえばこいつはまだ、15だ。
先に視線をそらしたのはイザークだった。
「用があるならさっさと言え。」
吐き捨てるように怒鳴ると、ニコルは小さくいえ、と呟く。
しかしすぐに決意したようにきっと顔をあげ、輝きの灯った瞳で快活に言った。
「隊長はすぐに帰ってきます。ぼく、捜索隊に加えてもらえるように、頼んできます。」
静止する間もなく、ニコルは部屋から飛び出していく。
しかし扉が閉まる直前、彼の瞳が不安げに揺れていたのをイザークは見逃さなかった。
遠ざかっていく、歩幅の狭い足音。
何度目かわからないため息をつき、しかし自然に口元がゆるんだ。
「なんだよ、イザーク。気持ち悪ぃな。」
「いや、子どもに励まされるとは、ずいぶん間抜けになったもんだと思ってね。」
くすくすと笑うイザークを、ディアッカは気味悪げに一瞥し、窓辺に寄りかかった。
帰ってくる。
そう言いきれる強さを、純粋に、うらやましいと思った。
希望が持てることの、強さ。
希望を持とうとすることの、強さ。
それに憧れる気持ちと自分が求めるものが相反するものであることに、戸惑う。
血のにじむような努力と狂いそうな渇望で、手に入れようとしているものは何だ。
あなたはそれでいいのですか。
あなたは何がしたいのですか。
ディアッカが、窓を全開にした。
海水と石油の混ざった匂いが、勢い良く部屋に滑り込んでくる。
イザークの髪が、さらりと舞う。
なにかをさがすように、ニコルが消えた扉を、まっすぐに見つめる。
2007/9/15
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